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山旅 2020秋 その13 松山城

昨夜は、長野県に入り軽井沢を抜けた辺りで車中泊した。

長野県には3000メートル級の百名山が集中しているが、今回はスルーする。

改めて来県し、1ヶ月程度滞在してゆっくり登山を楽しまないと勿体ない。

しかし、どうしても訪れたい場所があった、松本城だ。

僕は、自然が好きなので基本的に人口の建造物に興味はないが、お城だけは何故か好きだ。

松本城

北アルプスなどに登山するため、松本市にも何回か来たことがある。

最初に来たのは8年前で、槍ヶ岳に登った時だった。燕岳から表銀座という縦走路を経て槍ヶ岳に登頂した。

どうでも良いが、表銀座というのは、山に銀座があるわけではなく、表銀座くらい人気だということらしい。因みに、裏銀座という縦走路もある。

当時、下山後、松本市に宿泊して松本城に立ち寄ったが、その時、夏祭り?が行われていて、天守前の広場では和太鼓の競演会で賑わっていたので、天守閣には上らず仕舞いだった。

松本城天守は、現住する日本最古の五重天守だ。

 

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城の裏側にある、埋橋と言われる橋越しの写真、この橋は渡れない。

 

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真正面からの写真。中央が大天守、右が小天守、左が後に増築されたという辰巳附櫓だ。

松本城は、漆黒の外壁から別名烏城(からすじょう)と呼ばれると認識していたが、松本城管理事務所が、別名「烏城」ではないとした公式見解を出したそうだ。

因みに、黒いお城は豊臣方の証拠で、熊本城も軒下の白壁はあるものの、全体として黒色だ。

その後、豊臣方のお城は、徳川幕府となって一国一城令が制定され、多くは廃城になったのかな?

いずれにしても400年の風雪に耐えた貴重な天守だろう。

 

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堀に映る松山城

熊本城と松本城

松本城は、熊本城より小ぶりで、石垣も低いが、小天守を持つなど、熊本城とよく似ている。小天守を持つ城は全国的にほとんどない。小天守を持つ城として名古屋城が有名だが、熊本城を築城した加藤清正名古屋城の築城に関わったとされることから、納得できるが、加藤清正は、松山城の築城には関わっていない。

なのに、堀の配置までよく似ているのが不思議だ。

 

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広場で天守を見上げていると、作務衣姿の品の良い爺様が歩いていたのて、声をかけた、案の定、城の管理事務所の人だった。

その人に、何故、熊本城と松本城に共通点が多いのか聞いてみたが、結論は謎らしい。

その爺様から清正公駒つなぎの桜というのを教えてもらった。写真右の枝垂れ桜だ。

清正が、江戸からの帰りに松本城に立ち寄り城主石川康長から駿馬を貰い受け、その馬(駒)を繋いだ桜の木らしいが、お爺様いわく、迷信で裏付ける資料はないらしい。

 

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城の左に高い冠雪した山が見えるが、あれが多分”常念岳”だ。あの奥に槍ヶ岳がある。

待ってろよ常念岳、次に来た時は登るからな!

・・・ということで、今日は寒いし天気も悪い、さらに南下する。